寶莱町

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寶莱町(ほうらいまち)  ハチマキは桃色


宇島祇園の発祥となった町です。

祇園車は二代目で明治41年日露戦争の戦勝記念に宇島の宮大工、瀧川房造氏によって建造されました。

懸魚など彫物は豊前松江の大工、長松久米次郎氏の力作です。

総ケヤキ材の白木造り二階立て御座船天祥丸の模船を載せた御舟車です。   

さらに歌い子とよばれる烏帽子、水干を着用した稚児たちを乗せて巡行します。

それぞれの町辻では 音頭取りのお年寄りと歌い子達によって御舟歌が披露されます。

平成17年度には、中津祇園に特別参加して話題になった祇園車です。
宇島祇園で天祥丸と言えば寶莱町の山車のことを指します。

寶莱町の小笠原神社が天祥丸の母港ですが尋ねるときは、
御殿(ごてん)といった方が宇島ではわかりやすいでしょう。

また初代天祥丸は明治41年に中津祇園の竜王町へと譲渡されています。

改修を重ね大事にされており現在も活躍しています。

        

昭和50年 昭和21年 昭和39年 昭和40年代

 平成18年度宇島祇園の画像です